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「友達」という言葉で全てを許す人たち? でも、大事な夢を実現するための「仲間」こそが大切。 [【再掲載】]

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【「友達」という言葉で全てを許す人たち? でも、大事な夢を実現するための「仲間」だ】

「監督は女優さんなんかと、よく飲み会するんでしょう? いいなあ」なんてよく言われるが、そんなことはまずない。俳優とは基本、一線を引き、プライベートではなるべく会わないようにしている。連絡もまず取らない。キャストだけではなく、スタッフとも距離を置く。撮影前は打ち合わせで何度も会うが、用もないのに、飲みに誘ったりはしない。

なぜか? それは「友達」と「仲間」の線を引くため。「友達」というと、とてもいい響きがあり、かけがえのない大切な存在と思いがち。が、同時に「友達」という美名の元に勘違いした人たちが、夢破れて消えて行った姿も見てきた。少し長いがそんな話をする。

学生時代。自主映画というのをやっていた。友達を集め、8ミリフィルムを使い、映画を作る。大学の映研のような活動。僕もそんな1人、友達を集めて映画撮影していたが、なかなか大変。「将来、プロになる!」と断言する連中と映画を作った...。

例えば午前8時に代官山駅集合。ロケバスはないので、電車を使いロケ場所の公園まで行き撮影する。が、必ず遅れてくるものがいる。時間がもったいないので、置いて行こうとすると、こう言う奴がいた。
「可哀想だから待ってやろうよ!」

すでに30分待っているのだが、彼は「待とう!」という。待つことで、どれだけ多くのものを失うかが実感できていない。

撮影ができるのは夕方まで、だから、朝早くに集合して撮影。もし、撮り残しが出たら、もう一度、別日にその公園に来て残りを撮らねばならない。撮影終了が1日遅れる。交通費も食費も自腹だ。皆、それを負担せねばならない。その日だけ。という約束でバイトを休んで来てもらった友人もいる。その人にも、頼み込み、もう1日来てもらわねばならない。みんなの負担が増える。

実際、そうなったことがあったが、遅刻者を庇った友人は「日が暮れたんだから仕方ない」という。1人が遅刻したことで多くの負担が出てしまうこと。どれだけの被害が出るか?を理解していない。彼がお手伝いに来た大学生なら分かる。或はサークル活動ならいいだろう。けど、プロの映画監督を目指して映画作りをしている友人たちが、これでいいのか? 

「プロの映画監督を目指している!」

という同じ夢を持つことで親しくなった同士。なのに、遅刻したり、その友人を庇うのはどういうことか? 共に夢を追う友達同士なら、助け合い、励まし合うものであり、トラブルを起こしたり、撮影の邪魔をしてしまったことを庇い許し合うべきではない。

その手の友人はメンバーから外れてもらった。しかし、問題を起こした者に多くが同情する、その後も付き合いを続け、次第に僕だけ、飲み会に声がかからなくなった。で、彼らはというと、飲み会で映画談義で盛り上がり、「太田のやり方は間違っている」「あいつはダメだ」と悪口大会。

しかし、自分たちで別の映画を作ろうとはせず。やがて、メンバーは夢破れて、1人また1人と映画学校を辞め、東京を去って行った。その後、彼らは連絡を取り合うこともなく、互いに会うこともなかったという。そんな友人たちの背景を考えると、いろんなことが見えてきた。

もともと彼らははみ出し者。クラスで友達も少なく、勉強もできず、映画が好きなだけ。家族にも疎まれた高校生だった。それが「映画監督になろう!」と東京に出て来て、同じようなタイプの存在と出会った。共感し、仲良くなる。

友達がいなかった彼らは嬉しかった。それゆえ、撮影に遅れて来ても、トラブルを起こしても、責めるより庇ってしまった。あまりに寂しい高校時代を送ってきたので「友達」に対する強い思いを抱いていたのだ。プロを目指していたのは嘘ではないが、それより目の前にいる友達の方が大事だった。

しかし、結果、傷ついた者同士が、共に夢に向かって励まし合うのではなく、傷を嘗め合う形となる。やがて、夢破れて古里に戻って行く。彼らはとても友達思いだった。が、「友達」という意味をはき違えたていた。結果、映画も作れず、夢破れて、友達も失った。

そんな経験があるので、僕はキャストやスタッフとも一線を引く。そして彼らは「友達」というより「仲間」だと考える。感動的な映画を一緒に作るための「仲間」。友達ありきで考えると、自主映画時代の悲劇を繰り返すからだ。

例えば、親しい俳優がいて「友達」だったとする。そいつは頑張り屋だが、なかなか出演依頼がない。それを「友達」なので応援、出演させる。でも、芝居がうまくない。そのために映画のクオリティが下がる。どんなに親しい「友達」でも、それをしてはいけない。

そんな訳で、僕は一線を引く。互いのことを深く知ると、どうしても甘えが出る。同情する。そして、相手に罪があっても許そうと思える。俳優は「監督は私のことを分かってくれているから、許してくれるはず」という甘えがでる。僕も「こいつのために何とかしてやりたい」と思う。本来それは「友情」と呼ばれるものだが、諸刃の件。映画作りではマイナス。だから距離を置く。

監督業で一番大事なのは何か? 「感動してもらえる素敵な映画を作ることか?」だ。「仕事に影響しても、友達を庇うこと」ではない。大切なのは「仲間」と素晴らしい作品を作ること。その「仲間」というのは手を抜いたり、作品を阻害することを許し合う存在ではなく、同じ夢や目的を持ち、助け合う存在。そんなふうに考えている。


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ランチ いつもの店で [2016年]

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ランチ

いつもの店で



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本日は大雪! [2016年]

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本日は大雪!

交通が大混乱。駅に入れない人が駅前に列を作るほど。


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そこそこいい映画なのに、興行的に大惨敗した理由? [【再掲載】]

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「そこそこいい映画なのに、興行的に大惨敗した理由?」

後輩の監督。新作が映画が公開されたが、

散々な結果となった。東京の観客動員は1日数人。客が入ったのは主演女優が舞台挨拶をした初日だけ。それでも満員御礼にはならなかった。あとは閑古鳥。散々な結果で終わった。

そして、このプロデュサーもまた惨敗の理由を「あの子は意外に人気ないんだなあ〜」と言ったそうだ。以前にも書いたが、今の時代に主演俳優の人気だけで客は来ない。多くのプロデュサーはその辺が未だに分からないようだ。

では、映画が大コケした理由は何か?

 一番は中身と宣伝だ。これは表裏一体。よく「いい映画を作れば口コミで広がり、客は来る」という人がいるが、業界のシステムが分かっていない。今、映画館での上映は基本的に最低2週間。ヒットすれば続映されるが、駄目だとそこで終了。

どんなにいい映画でも、たった2週間で口コミは十分に広がらない。例え、その作品が素晴らしいものでも、口コミが伝わり、客が増える頃には上映は打ち切られている。ツイッターやFacebookで拡散しても、数日で大勢が映画館に押し寄せるということはまずない。

だからこそ、宣伝をすることが大事。

「面白い」「面白くない」と言う前に、その映画の存在が伝わらなければ駄目だ。例えば友人から「***という映画、感動したよ」と言われたとき、その映画を知っていれば「だったら、見ようかな?」と思うが、全く知らない映画だと、「へーそう?」で終わること、多くないだろうか?

つまり、「いい」「悪い」の前に、映画の存在を伝えないと口コミが広がらない。いくら感動的な映画でも、知名度のない映画を口コミで広げるのは、もの凄く時間がかかる。結果、見たい人が増えたときには上映終了なのだ。

後輩の映画。まず、そこがアウト。宣伝は全くといって行なわれていない。なのに、都内の一等地の映画館で公開された。それなりの映画館では高い動員数が要求される。が、そのプロデュサーはチラシとポスターを作っただけ。どうも主演女優が人気があるので、それでヒットすると思い込んでいたようだ。

主演女優は実際、注目されていて

完成披露試写会ではマスコミが押し掛け、スポーツ誌等ではかなり記事になった。後輩の監督も「これは行ける!」と思ったらしい。でも、結果は惨敗。その映画館は彼の作品は二度と上映しないと激怒しているとのこと。

宣伝不足というより、宣伝しなかったからだ。後輩の作品、決して駄目な作品ではなく、可能性を感じさせる部分もある。映画ファンが見れば「なるほど」と思うだろう。それなりに宣伝すれば、それなりの観客動員が見込めたはずだ。それができなかったのは、人気女優を起用すれば客は来るという古過ぎる発想。そして、マスコミが取り上げれば宣伝になるという勘違い。

それら記事を読めば分かるが、映画の良さを紹介したものではなく、人気上昇中の若手女優が主演したことを伝えるだけのもの。それを読んで「よし、見よう!」という人は多くはない。先にも書いたがファンであっても、映画に出たからと見に行こうとは思わない。本人見たさに初日の舞台挨拶時しか来なかったのである。

当然、口コミにも繋がらない。

映画宣伝の大切さを痛感する出来事だった。例え、素晴らしい映画を作っても、宣伝しなければ客は来ない。人気俳優が出てくるからと安心したら駄目。ポスターとチラシはどの映画でも作る。それ以外に何をするか? どんな宣伝をするか?が大事。

もちろん、後輩の映画は充分な宣伝費がなかったこともある。巨大企業が作った映画以外は皆、抱える問題だ。テレビでスポットを流すだけでも何千万円もかかる。でも、できることはある。お金をかけなくてもできること。

だから、僕は映画公開の1年前からFacebookとブログで映画の告知をする。ほぼ、毎日、記事を書く。だが、ほとんどの監督は公開前になって数回、ネットで告知をするだけ。そんなことで十分な訳がない!

後輩もまさに、そのパターン。

プロデューサーも問題あるが、彼にも責任がある。今の時代。映画は簡単にはヒットしない。まずは、映画の存在を伝えることだ。後輩の失敗を繰り返さないように、がんばる!

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映画、ドラマ、CMのスタッフは一緒に仕事できない? 似ているようで皆、価値観が全く違う! [【再掲載】]

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 後輩の映画監督から相談を受けた。撮影現場が非常に混乱してうまく行かなかったのだが、理由が分からないという。スタッフ同士が議論になったり、喧嘩したり、ギクシャク。まとまらずに、それぞれが勝手なことを始めたというのだ。そう聞くと普通ならこういうだろう。

「相性が悪いスタッフが多かったんだね?」

 或は「ギャラが安いのでイライラしてたんじゃないの?」とか言われそうだが、後輩はそういうことではないというのだ。で、いろいろと訊いてみた。

 まず、後輩が監督したのは低予算映画。それをドキュメンタリータッチで撮影しようとしたという。手持ちカメラを多様。多少のブレがあっても、台詞が聞き取れなくてもOK。それよりリアリティを重視。あえていえば、アメリカのテレビドラマ「24」をさらにエスカレートさせ、「これはドキュメンタリーじゃないの?!」と思えるほどのリアリティある映画をめざした。次にスタッフを訊くと

「カメラは***さん。照明は***さん、助監督は***君.....」

 と名前を上げてくれた。その段階で「ワトスン君。答えは簡単さ!」といいたかった。もちろん「AさんとBさんは犬猿の仲なんだよ。うまく行くはずがないさ」なんて真相ではない。映画作りの難しさがそこに現れていた。

 まず、カメラのAさん。この人はドラマでもドキュメンタリーでも出来る人。だが、照明のBさんはバリバリの映画人。そして助監督のCさん。この人はテレビドラマを専門。もう、これだけで答えは出た。

 作品の方向性はドラマだがドキュメンタリータッチ。だが、照明のBさんはバリバリの映画人。こだわった映像で重厚な物語を作って来た人。それに対して助監督のCさん。テレビの仕事が多いので、とにかく早く撮影する。クオリティは低くて、予定通りにクランクアップすることを重用視。

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 そして技術的にも問題が出る。例えば手持ちカメラがグラグラ揺れとする。通常の映画ではNGだが、ドキュメンタリーならOK。それをあえてドラマでやろうというのが意図なのに、映画の照明部も、テレビ専門の助監督も「それはおかしい!」と受け入れなかったのだ。

 照明部はドキュメンタリーではありえない、おしゃれなライティングをするし、演出部は「役者の顔にしっかり光を当てないと!」とテレビドラマの定義を持ち出す。どちらもドキュメンタリーでやったらおかしなことになる。つまり、監督の意図をスタッフのほとんどが理解せず。また、テレビ系、映画系のスタッフもそれぞれに価値観が違い、ぶつかったのだ。後輩が意図するドキュメンタリータッチのドラマを理解しているはカメラマンだけ。後輩、曰く....。

「作品意図の説明を聞き、皆、分かった!といってたんですよ」

 そして一般の人から見ても映画も、テレビも同じ。ドキュメンタリーもほぼ同じ。という認識だろう。が、これらは全く違う。似て非なる物。あえていうと宗教と同じ。知らない人が見れば宗教なんて皆、神がいて、その教えを信じるものだと思いがちだが、そのささやかな違いで海外では戦争まで起きている。映画やテレビもまた同じ。

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 例えば映画では「監督」が絶対的存在だが、テレビは「プロデュサー」、CMでは「スポンサー」ドキュメンタリーもまた「監督」だろう。つまり、映画のスタッフは「監督」のイメージを大切にしようと、がんばるが、テレビは「プロデュサー」だ。CMは「スポンサー」が第一。も以前、CMのスタッフとドキュメンタリー作品を作ったが、何かあると、こういう。

「だったら、まずスポンサーに報告して承認を得ないと!」

 いい加減うんざりした。スポンサーのために作っている訳ではないのだ。同じく後輩の映画でも、テレビ系スタッフは監督よりもプロデュサーにへつらい。監督をないがしろにしていたらしい。さらに、それぞれの方法論が違い、議論になり、言い争いになったそうだ。

 でも、それは最初から見えていること。後輩は事前に説明したというが、何十年も実践してきた方法論を、人は簡単に変えることはできない。もし、ドキュメンタリータッチを実践するなら、テレビや映画スタッフではなく、ドキュメンタリーのスタッフでドラマを作るべき。或は、その種の発想を理解するスタッフを選ぶべき。名前を聞くだけで、

「その人にドキュメンタリーは無理!」

 というスタッフにした段階で失敗は見えている。もちろん、別のメディアでも仲良く仕事をする人たちもいる。が、後輩が経験したような話はよく聞く。

 よくキャスティングが成功すれば、映画の70%は成功だと言われるが、スタッフも同じ。そこで間違った人を呼ぶと、テロリストを乗せて船出するのと同じになってしまう。価値観が違うというのは、本当に面倒なもので、宗教と同じ。どれが正しく、どれが間違ってないとはいえないが争いの種となる。

 あえて言えば映画の現場で「ドラマ」や「CM」の価値観を振り回すのはやめてほしい。それが分からない輩がいるから、現場で揉めるのだ...。ただ、一度染み付いた価値観から離れること。なかなか難しいのも現実。大人たちが古い価値観を振り回して、子供たちの未来を潰すのも同じ構図である。


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頂き物のレトルトカレー! [2016年]

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 数日前の夕飯

 頂き物のレトルトカレー!

 これがなかなかの豪華版

 宮城牛入り!

 本当にでっかいのが入ってた。

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【目先のことに囚われてしまう人。考える力が大切な時代ではないか?】 [【再掲載】]

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【目先のことに囚われてしまう人。考える力が大切な時代ではないか?】

もう25年ほど前になる。アルバイトをしながら、シナリオライターを目指し、脚本を書いていた頃の話だ。映画業界で仕事をする先輩が訪ねて来た。僕より10歳ほど上。一世代先輩。面倒見のいい人で、いろいろと応援してくれていた。信頼できる先輩ではあるのだが、少しばかり問題がある。

僕の部屋を訪ねたときのこと。アルバイトしながらシナリオを書いているので貧しく暮らしているという話をすると、「太田。お前、そんなに貧しいんだったら考えないと駄目だ!」と怒り出したのである。

「ビデオデッキはある。6畳の風呂付きアパートに住んでる。こんな贅沢をして、何が貧しいだ!」

が、先輩の指摘は正しくない。彼の青春時代は風呂屋通いは当然、下宿アパートは4畳半だったので「贅沢だ!」というのだが、時代が違う。今、風呂なしの4畳半のアパートを探す方が大変。また、風呂屋の料金も高く、毎日風呂に入ると、風呂付きアパートに住むのと変わりない出費になる。

ビデオデッキにしても、先輩の時代は高級品であり、20万とかしたこともある。が、今は新品でも1万弱で手に入る。それに脚本家を目指している人間が貧しいからと、ビデオデッキを持っていないなんて許されるだろうか?ドラマや映画を録画して、勉強することが大事。先輩は「貧しければビデオを売れ!」というが、売っても何千円にもならない。それよりビデオを駆使して勉強する方が意味がある。

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また、先輩はこういう。

「そんなに貧しいなら、もっと狭い部屋に引っ越せばいいだろう?」

これも変。先にも書いたが、風呂なし4畳半のアパートを探すのは大変。実は友人が住んでいるので、実在することは知っているが、そこはかなり都心から離れているが、脚本の売り込み、先輩を訪ねる。映画を見に行く等で新宿や渋谷にはしょっちゅう行かねばならない。家賃が安いからと、遠方に住んでも、結局、電車代が馬鹿高くなり、都内周辺に住む方が安上がりということになる。

また、引っ越しをする資金が何万もかかる。敷金、礼金とか東京では家賃1ヶ月分の6倍が必要。「貧しい」という人間がそれを払うのはかなり厳しい。長い目で見れば、引っ越した方が生活は多少楽になるが、その引っ越しにかなりの額がかかることを先輩は考えずに「だったら、引っ越せ」というのだ。

つまり、先輩は自分が若かったときと当時の僕を比較して「贅沢だ」といい、「デッキを売れ」というが、大した金にはならず、勉強もできなくなり。風呂なし4畳半に住めというが、風呂代や交通費が余計にかかるので節約にはならず、引っ越しをするためには多額の費用がかかる。どれも、的外れなアドバイスなのだ。

「うるさい! 口答えするな!」

と言われたが、帰りに段ボールいっぱいの食料品を買ってくれた。ありがたい。とても、いい先輩なので感謝はしているが、先輩の考え方は間違っていることが多い。憎めない人なのだが、この種のタイプはあなたのそばにもいるのではないか?

決して先輩は頭が悪い訳ではない。が、ものごとを表面的にしか見ていない。年取った人がバイトしている大学生を見ると、「勉強しながら働いて偉いね」というが、学費を稼ぐのではなく、遊ぶ金ほしさにバイトしているだけ。でも、そのお年寄りが若い頃は苦学生が多かったので、それをダブらせて褒めてしまう。バイトする学生は決して偉くはない。が、時代が違うこと把握しないとそんな感想を持ってしまう。

先輩も同じなのだ。今の時代、

ビデオデッキ=贅沢品ではない。むしろ映画の仕事をしたい人間がデッキも持っていないのは努力していないという気がする。ちょっとがんばれば、誰でもデッキは買える。また、売っても大した額にはならない。アパートも4畳半風呂なしの方が安いのは事実だ。が、都心にその手のアパートはほとんどない。あっても、風呂屋通いをすると、安くはなくなる。3日に1度しか風呂に行かない若者。昔は許されたが、今ではバイト先で嫌がられる。

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「この中古車は安い!」

と思って買ったら、ガソリンをもの凄く食って、新車を買う方がむしろ経済的だったというようなもの。それで自分が損するのは構わない。が、その考え方を後輩に押し付けるので、その先輩はいい人なのに、皆に煙たがられる。要は洞察力や判断力に問題があるのだ。これまでも何度も書いたが、決してバカではないのに、考える力に乏しい大人がたくさんいる。

ものごとの一面だけを見て判断したり。時代や国の違いを無視して評価する。目先のことに囚われて結果として、利益を得られない。これは日本の学校教育の影響があると思える。つまり、与えられたことをやる。与えられた方法論でやる。自分で問題点を見抜き、対処を考えなくてもいい。与えられないことはやる必要がない。

そんな教育の中で成長してくると、

上から言われない問題には気づかず、生活してしまうのだ。映画の世界でも、俳優でも、芸人さんでも、成功するのは「芸」に秀でた人だけではない。業界のシステムを理解し、自身の能力を把握。それをどのようにアピールして、力を発揮して行くか? を考えている。言われることしかできない人はやがて捨てられる。問題があることを気づかずに、その枠内で仕事をしていると大変なことになる。

なぜ、大変なことになるのか? なぜ、うまくいかないのか? どうすれば実力を発揮することができるのか? それを考える力が必要とされる時代なのだ。昔通り言われたことをやっているだけでは、大変なことになってしまう。

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本格的な編集スタート。新しい時代の始まり&懐かしい時代の終焉。 [【再掲載】]

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(以下の文章は一昨年「向日葵の丘」の編集をスタートしたときに書いたもの。いろんな予感があった。それから1年半。実感する部分が多い)

 この「向日葵の丘」の編集を始めると、新しい時代が始まってしまいそうな気がした。時代が変る。

同時に、ひとつの時代の終わりでもある。

 これまで過ごしてきた時代が、長年付き合って来た環境や空気や時間の流れを含めたものが、終わってしまいそうな予感がしたのだ。それが怖かった。あのときと同じ悲しみに耐えねばならないのか?そう思えた。

もちろん、新しい時代は始まる。

 ドキドキ、ワクワク、これまでと違う物語がスタートする。でも、ここまで付き合ってきた今のストーリーが、そしてひとつの人生が終わる。新しい船には乗れない人たちもいる。そして、別れが訪れる。

何のことだか分からないと思うが、

 そんなことがこれまで二度あった。8ミリ映画を作っていた横浜時代の終わり。そしてロサンゼルス留学物語が始まった。それが1985年のこと。そして、そのロサンゼルス物語が終わり、東京物語がスタートした。1990年。両方ともに悲しい別れがあった。住み慣れた街を離れ、友とも別れ、新たな物語を始める。嬉しさと同じくらいに、淋しさが込み上げる。そして、過去には二度と戻れない。

今回「向日葵」のシナリオが完成したときから、

 それを予感した。撮影でも痛感。そして、編集をスタートさせてから余計にそれを実感し、作業が本格的になると、もう後戻りができない気がしていた。そして今日、かなり作業が進み、それをまた感じた。もう、後戻りはできない。前に進まないといけない。

映画のオープニングに仮のタイトルを入れてみた。

 そして仮の音楽を着けた。凄い!もう、そこには感動があり、新たな物語がスタートしていた。凄い作品になる予感。僕は自分の映画をやたらなことでは自慢しない。が、今回は本当にスゴイ。結末は知っているのに、どうなるんだ?と思ってしまう。まだ、オープニングだけなのに、涙の展開を感じる。

もう、心は決まった。

 扉を開けて新しい物語を始める。悲しい別れを振り切り前に進む。もう、後戻りはしない。「向日葵の丘」を目指して走り始める。

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【向日葵の丘ー1983年・夏。人生とは何かを描く物語】 [昨年アクセス数500超え記事紹介]

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[昨年アクセス数500超え記事紹介]

今回の撮影を終えたあとに感じたこと。もしかしたら、”向日葵の丘”のテーマ、こんな言い方も出来るのではないか? 

「人生とは何か?」

今回の作品では、いくつかの人生が描かれる。高校時代に仲が良かった3人。30年後。未だ結婚せずに東京で1人暮らす多香子。古里で結婚、2人の子供を生み、主婦業を送るみどり。そして、古里に愛想を尽かせLAでアメリカ人と結婚したエリカ。

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その3人を取り巻くのが一攫千金を狙う北さん。松田優作に憧れる本屋のおじさん。映画だけが楽しみのおばあちゃんウメさん。旦那に死なれたあともタイ焼きを続ける桜子さん。名画を若い人に伝えたい映画館の梶原支配人。その他、多くの愛すべき人物が登場する。

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しかし、そのほとんどが悲劇の結末を遂げる。そしてほとんどが実在の人物をモデルにしている。僕がよく知る友人だったりする。何の罪もない、健気に働いて来た友人がなぜ、あんな末路を遂げねばならなかったのか? 

彼はなぜ、若くして家族を残し死ななければならなかったのか? そして彼女はなぜ、あんな仕打ちを受けねばならなかったのか? 皆、悩み、苦しみ、のたうち回り、大きな成功もせず、夢を実現することもなく。消えて行く.....。

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でも、何か彼等にも生きる意味があったはずだ。その答えを物語の中で探してみたくて、この”向日葵の丘”を作った。なぜ、人は愚かな悲しみを繰り返すのか? なぜ、人は絶望し続けねばならないのか? 本当に希望は存在するのか? その答えを物語の中で探し出し、観客に伝えたい。


「幸せとは何か?」を「向日葵」編集で見つけ出したい。 [【再掲載】]

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(一昨年夏、編集時のブログです)

日曜の午後。まるで真夏の太陽。

強い日差しが照りつける。休みの日ということもあり、近所の商店街も人がいっぱい。編集機が完治しないが、空腹で遅い昼飯にでかける。汗を拭きながら歩く若い人たち。お年寄り。親子連れ。手をつないで歩く恋人たち。多くの人がそれぞれの人生を背負って行き交う。そんな光景を片目で見つめながら歩いた。

僕の映画のテーマは「親子に伝える大切なこと」最初は「子供たちに伝える大切なこと」だったが、いろいろ考えて行くと、親がバカなので子供たちが苦労していることに気づく。それからは子供だけでなく「親子に伝える大切なこと」になった。それを突き詰めると、家族の幸せとは何か?に行き当たった。そうだ、親子に伝えるべきひとつは「家族の幸せ」ではないか?

そんな「家族の幸せ」を考えていて、気がついたのは、「だったら、人生って何だ?」ということ。それを見つめることで、また「幸せの形」が見えてくるのではないか?

1970年代から、親たちは子供をよりよい学校に行かせて、よりよい安定した企業に入れて、定年まで不安なく生活できることこそが「幸せ」だと思い。子供たちを受験戦争に送りこんだ。そして父親たちは家族に少しでもいい生活をさせようと、そして家を建て、車を買うために深夜遅くまで働いた。物を売ることで経済的に潤い。物を買うことで豊かになる。そう日本人は信じて生きてきた。

そして庶民が求めたもの。

「カー」「クーラー」「カラーテレビ」その全てを今、ほとんどの日本人は手に入れることができる。それで幸せか? それどころか今ではパソコン、携帯、DVDと、かつてSF世界でしか存在しない製品まで手にしている。それで幸せになれたか?


1980年代後半。女の子たちは、「3高」という結婚条件を求めた。「身長が高い」「学歴が高い」「収入が高い」しかし、今、そんなことを求める女性は多数派ではなく。3高を求めて結婚した女友達たちは今、旦那の不満ばかり口にする。一流企業に入った友人はバブル崩壊で会社が倒産。今は小さな会社で働いている。それが幸せを求めた結果なのか?

今、多くの日本人は希望を失い、

未来に不安をかかえ、その日その日を生きている。苦しみ、耐えて、悩み、足掻き、嫉妬し、生きて行く。そんな中で、小さな幸せを見つけて、希望に繋げる。友達の言葉に、仲間の行動に励まされ、自分が行くべき道を探している。親は「子供たちにために何をするべきか? 何を残すべきか?」を考え、子供たちは「どう生きるべきか? どこに向かって歩んで行くべきか?」に悩む。

311以降。時代の価値観は大きく変わり、

これまでの大事だったものが音を立てて崩壊して行く。とるに足らないと思っていた、昔はどこにでもあったものが今、本当に素晴らしいものだと気づき始めている。

しかし、滅亡寸前の恐竜のような人たちが、まだまだ蠢き、古い価値観にこだわり、目先の利益を求めて搾取するために、多くの人々を先導、現代のタイタニック号への乗船を呼びかけている。それに乗ることが「幸せ」に繋がると信じる人もまだまだ多い。本当に大切なことは何か? そして人生とは何か?人はただ、悲しむために生きていくものではないはず。その意味を、その価値を探したのが「向日葵の丘ー1983年夏」である。

日曜の午後。真夏のような太陽の下。

行き交う若者。年老いた人。親子連れ、それぞれがそれぞれの人生を背負い、苦しみ、悲しみ、憤りながら、ささやかな幸せを求めている。人はなぜ生きて行くのか? 別れ、裏切り、失望、悲しみの中にも、小さな希望と可能性を積んで人生は前に進んで行く。「向日葵の丘」の編集作業の中で、その答えを見つけ出したい。

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