【ようやく、日常に戻りつつある】 [公開終了の時期]

【ようやく、日常に戻りつつある】
昨夜は少しばかり熱が出た。が、それはようやく緊張が解けたということでもあり、宣伝期間は緊張の連続だったので、ほっとしたので、疲れた体が反応。病原菌に対して戦いを始めたのだと思う。
保険証を取りに行ったり、区民税を払ったり。部屋を片付けたり。お世話になった方にお礼メールを書いたり。電話したり。映画公開には多くの方の応援を頂くので、順に報告をしている。映画館数もかなり減ったので、告知も減り。午前から4時間かけていたパソコンタイムも少しずつ短くなってきた。
テレビを見る時間も出てきて、どっちでもいい番組も見ることができる。どっちでもいい番組なのだけど、そこから時代が見えて来る。仕事だけやっていては、風の流れが分からない。特に映画の仕事は時代の流れを把握していないと、観客を感動する作品を作れない。そんな時代を感じるための時間がこの数年、本当になかった。
DVDも少しずつ見ている。見逃した話題作。気になっていた作品。友人が関わったもの。以前に仕事した俳優さんが出ている映画。そんなものを機会あるごとに見る。録画したテレビ番組も膨大な数になっているが、それも順に見て行く。「News23」なんて2週間分ほどある。
ただ、気をつけねばならないのは、何度も書いたが、この時期に疲労が吹きだしてダウンすること。毎回、医者に「過労死するから、休みなさい」と言われてから何年も仕事が続く。ま、毎回、遺作のつもりなので、それならそれでいい。人の寿命というのは、決まっていて、まだ、この世でせねばならないことを果たしてなければ死なないと思える。
坂本龍馬も使命を終えて、逝ったのだ。僕もまだやらねばならないことがあるのなら、まだ過労死はしないだろう。もし、今回でそれを終えたのなら、ここで終わりだ。そんなことを考えながら、本日は部屋の片付けをする。書類や資料が山積み。飯も食えない。まず、そこからだ。

ようやく、眼科に行く [公開終了の時期]

時間に余裕が出来たので、眼科に行く
また、先生に怒られた。
「何ヶ月経ったと思ってるの!」
確かに。昨年、行った目の手術。経過は良好だが、もう片方も問題あり。
突然、見えなくなることもある。
そもそも、「向日葵」は左目が見えないまま。撮影に挑んだ。
心配されるので、誰にも言わなかった。
医者には2年前から「手術しろ」と言われていた。
でも、映画の準備で時間なく。「監督が本日は手術なので、打ち合わせは中止です」
みたいなことをしたくなかった。検査や術後の診療で時間を取られる。
だから、撮影が終わるまで手術しなかった。
医者に厳しく言われた。「手術を2年も延ばす人はいない!」
それがまた、宣伝で忙しく、医者に行かなかった。
撮影も大事だが、宣伝も大事。
なのです。

【溜まっていた仕事を片付けるの巻】 [公開終了の時期]

【溜まっていた仕事を片付けるの巻】
宣伝活動は終焉時期。ネットでの情報発信を減らしながら、溜まっていた仕事をしている。連絡をくれた友人たちに返事。いくら急ぎではないとは、何ヶ月も前にメールをくれた人に今頃返事するのもどうか?と思うが、やはり仁義。
区役所で手続き。気づかぬ間に国民健康保険が切れていた。再交付してもらわねば。しかし、ここはいつ来ても気がめいる。今回も対応が杜撰。長時間待たされるし、途中で帰ろうと思ったら名前を呼ばれた。そのためにランチがかなり遅い時間になり、近所で牛丼。パンが食べれる店ないか?探したがないので、これ。

いろいろあるが、少しずつ日常を取り戻して行く。銀行に行き手続き。電話代をコンビニで払い。帰り道で懐かしい店を見つける。この数年。そんな余裕はなかった。電話代も止められるまで払ってないことに気づかなかったりした。

98年頃によく来た店で珈琲を飲むと、何だかあの頃を思い出す。もう17年前か......結局、あの頃と僕は何も変わっていない気がする。いや、それどころか、先日会った高校時代の友人に「お前は高校時代と同じや!」と言われた。成長していないという意味か? それとも相変わらずだという意味か?
しかし、4年振りにプロジェクトが終わる。ここからどーなるのか? この先がまだ存在するのか? 次なる戦いがあるのか? それはまだ分からないけど、今は溜まっている仕事を片付けたい...。
