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古い価値観を掲げるベテランスタッフ。でも、時代は変わって行く。 [【再掲載】]

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撮影現場における新人監督とベテランスタッフとの確執

について、前回少し触れた。今では僕も現場の最年長者の1人になってしまったが、監督業をスタートしたときは、まだまだ若い方で、多くの年配のスタッフががんばっていた。ある人は僕が生まれた歳から撮影現場で仕事をしており、もう先輩というより父親か祖父かという存在であった。

そんなベテランの方々は日本映画がまだまだ元気な頃から仕事をされて来た、尊敬すべき人たち。だが、新しい方法論を撮影に持ちもうとすると一番の抵抗勢力になることが多かった。僕はアメリカ映画を見て育ち、ロサンゼルスの大学で映画を学んだ。自主映画時代からハリウッド式の撮影をしていた(製作費は極貧だったが)。日本の監督は昔から助監督を10年勤めてから監督になったが、僕はまともに助監督業を経験していない。

そして、伝統的な日本映画の作り方では今の観客に伝わるものはできないと考えていた。一番の問題は撮影方式。ハリウッドでは複数のカメラで俳優の芝居をあらゆる角度から何度も撮影する。その中からベストのものを選び編集していく。日本は1台のカメラで必要なものだけを撮影する。編集はただ繋ぐだけ。

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なぜ、そんな違いが出たかというと、

日本は貧しかったのでフィルム代を節約していたのだ。現像代。プリントとフィルム時代は高額な出費になるからだ。それに対してハリウッドは豊富な製作費があるので、リハーサルのときからフィルムをまわす。様々な角度から撮影した映像があることで、編集でテンポやスピード感というものを生み出すことができた。

僕が学生時代に好きだったアメリカ映画のほとんどは、そんな編集のセンスとスピード感が魅力だった。が、日本映画は必要最低限しかフィルムをまわさない。カメラの前で延々と俳優が芝居をする。舞台中継のようなスタイルが多かった。

が、デジタルが導入されてからは日本も状況が変わった。現像代がいらない。ビデオテープは消してまた使える。ハリウッド式が日本でもできるようになった。さらにカメラも安くなり、個人でもデジタル・カメラが買えるようになる。

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だが、夢のハリウッド式撮影をすると、

多くのベテランスタッフが不機嫌になった。「邪道だ」と批判された。日本映画なのだから1台のカメラで必要なところだけ撮影しろといわれた。はあ? その方式は制作費が十分にないから節約のために行っていた方法であり、フィルム代、現像代がいらない現在はこだわる必要はない。が、ベテランスタッフはこういう。

「ハリウッドのやり方は無駄が多いんだよ。あいつらはバカだから、本当に必要なショットを計算できない。だから、何でもいいからいっぱいまわしていいところを使おうという発想なのさ」

言葉がでなかった.......。日本映画は貧しいのではなく経済的であり、効率がいいというのである。何だか、太平洋戦争の論理のようだ。航空母艦に戦車部隊。それと竹槍で戦っても気合があれば、勝てるといっているかのようだ。同時に、映画の表現を分かっていない。

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日本映画方式ではできない表現がハリウッド式ではできる。それに近い方法を実践したのは黒澤明監督だ。彼はマルチカメラ(複数のカメラ)で撮影。それによってよりドラマティックな映画を作り上げた。

彼らに言わせれば黒澤も計算できないから、

何でもいいからフィルムをまわせ!という1人なのか? いくら理屈をいっても「日本映画界は貧しかった!」というのが理由なのだ。それを自分たちの方が頭が良いという風な理屈になっているあたりが、歪んでいる。そんな彼らが新しい方法論を目の当たりにする。全面否定だった。

「何台もカメラを使っていいところを選べば、誰にだっていい映画は作れる」とまでいう。だったら、ハリウッド映画は皆、傑作か? そうではない。マルチカメラで撮ったからと必ず傑作にはならない。でも、従来の日本映画と違う、ハリウッド映画のようなテンポとスピード感がある作品にすることはできる。なのに、年配のベテランスタッフは撮影中。不機嫌で文句ばかりいっていた。

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あとで感じたのは、ベテランスタッフはある種の自己弁護をしながら仕事をしてきたのではないか? 豪華絢爛なハリウッド映画を見て「俺たちは貧乏じゃない。無駄をしないだけ賢い仕事をしている」それによって劣等感から逃れようとした。そんな発想の人たち。だから、方法論が違うというより、自分たちのアイデンティティを守らねばというかのような思いだったのだろう。

「映画というのは1台のカメラで撮影。

頭で考えて、必要なところだけ撮影する。それが映画というものだ」ーという発想で凝り固まってしまい、それ以外を認めることができない。そして印象的だったのは「方法論が違う」とか「発想が違う」とは思わず。「お前は全く映画作りというものが分かっていないなあ?」と相手をバカ扱いすること。

これはもう古くからのやり方が体に染み付いていて、それ以外は映画撮影ではないのだろう。だから、「あの新人監督は分かっていない。このままでは駄目だ。まともな映画ができない。俺が何とかせねば!うるさくいって、嫌われてもまともな映画を作らせないと大変なことになる」そう思い込んで、撮影の間中。口うるさかった。

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が、こちらにすれば、邪魔されているだけ。撮影の方法論は監督が決めるもの。それをベテランとは言え、技術スタッフがあれこれ、演出法や撮影法に口出しをする。でも、撮影途中で帰ってもらう訳にも行かず。大先輩でもある人を怒鳴ることもできず。大変だった。結局、完成した映画を見てベテランスタッフは感動していた。が、撮影法に関しては最後まで認めようとせず。「いっぱい撮影して、いいところを選べばいいものが出来て当たり前」といっていた。それでいいものができれば苦労はない。

織田信長を思い出した。

彼は従来の刀を使った戦に鉄砲を持ち込み。大きな勝利を納めた武将だ。学生時代。歴史の時間に「だったら、なぜ、他の武将も鉄砲を使わなかったんだろう?」と思った。その答えが分かる。ベテランスタッフと同じように、他の武将たちは「刀で戦うことこそが武士だ!」と信じていたのだろう。きっと信長はこういわれただろう。「あいつは武士ではない。鉄砲なんて邪道だ。戦は刀でやるものだ!」

しかし、古い価値観を守り、新しい技術を拒否していては、やがて滅びるのは常。ベテランの武将が次々に倒れ、信長が天下への道を歩んだように、今、映画界でフィルムを使った映画作りはほどんどない。若手の監督たちは皆、ハリウッド式撮影をする。僕の組でも「それは邪道だ」というスタッフは誰もおらず、当たり前のように複数のカメラで撮影する。

でも、より新しい技術が出て来て、「監督。それは古いですよ」と言われる時代がすぐに来るだろう。古い価値観にしがみついていては消えて行くだけ。とくに、この10年。映画の世界だけでなく、日本時代が変化している。方法論だけではない、価値観が変わりつつある。昔ながらの価値にしがみついていては消えて行くだけ。では、新しい価値観とは何か? それを探したのが新作の「向日葵の丘」である。


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「友達」という言葉で全てを許す人たち? でも、大事な夢を実現するための「仲間」こそが大切。 [【再掲載】]

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【「友達」という言葉で全てを許す人たち? でも、大事な夢を実現するための「仲間」だ】

「監督は女優さんなんかと、よく飲み会するんでしょう? いいなあ」なんてよく言われるが、そんなことはまずない。俳優とは基本、一線を引き、プライベートではなるべく会わないようにしている。連絡もまず取らない。キャストだけではなく、スタッフとも距離を置く。撮影前は打ち合わせで何度も会うが、用もないのに、飲みに誘ったりはしない。

なぜか? それは「友達」と「仲間」の線を引くため。「友達」というと、とてもいい響きがあり、かけがえのない大切な存在と思いがち。が、同時に「友達」という美名の元に勘違いした人たちが、夢破れて消えて行った姿も見てきた。少し長いがそんな話をする。

学生時代。自主映画というのをやっていた。友達を集め、8ミリフィルムを使い、映画を作る。大学の映研のような活動。僕もそんな1人、友達を集めて映画撮影していたが、なかなか大変。「将来、プロになる!」と断言する連中と映画を作った...。

例えば午前8時に代官山駅集合。ロケバスはないので、電車を使いロケ場所の公園まで行き撮影する。が、必ず遅れてくるものがいる。時間がもったいないので、置いて行こうとすると、こう言う奴がいた。
「可哀想だから待ってやろうよ!」

すでに30分待っているのだが、彼は「待とう!」という。待つことで、どれだけ多くのものを失うかが実感できていない。

撮影ができるのは夕方まで、だから、朝早くに集合して撮影。もし、撮り残しが出たら、もう一度、別日にその公園に来て残りを撮らねばならない。撮影終了が1日遅れる。交通費も食費も自腹だ。皆、それを負担せねばならない。その日だけ。という約束でバイトを休んで来てもらった友人もいる。その人にも、頼み込み、もう1日来てもらわねばならない。みんなの負担が増える。

実際、そうなったことがあったが、遅刻者を庇った友人は「日が暮れたんだから仕方ない」という。1人が遅刻したことで多くの負担が出てしまうこと。どれだけの被害が出るか?を理解していない。彼がお手伝いに来た大学生なら分かる。或はサークル活動ならいいだろう。けど、プロの映画監督を目指して映画作りをしている友人たちが、これでいいのか? 

「プロの映画監督を目指している!」

という同じ夢を持つことで親しくなった同士。なのに、遅刻したり、その友人を庇うのはどういうことか? 共に夢を追う友達同士なら、助け合い、励まし合うものであり、トラブルを起こしたり、撮影の邪魔をしてしまったことを庇い許し合うべきではない。

その手の友人はメンバーから外れてもらった。しかし、問題を起こした者に多くが同情する、その後も付き合いを続け、次第に僕だけ、飲み会に声がかからなくなった。で、彼らはというと、飲み会で映画談義で盛り上がり、「太田のやり方は間違っている」「あいつはダメだ」と悪口大会。

しかし、自分たちで別の映画を作ろうとはせず。やがて、メンバーは夢破れて、1人また1人と映画学校を辞め、東京を去って行った。その後、彼らは連絡を取り合うこともなく、互いに会うこともなかったという。そんな友人たちの背景を考えると、いろんなことが見えてきた。

もともと彼らははみ出し者。クラスで友達も少なく、勉強もできず、映画が好きなだけ。家族にも疎まれた高校生だった。それが「映画監督になろう!」と東京に出て来て、同じようなタイプの存在と出会った。共感し、仲良くなる。

友達がいなかった彼らは嬉しかった。それゆえ、撮影に遅れて来ても、トラブルを起こしても、責めるより庇ってしまった。あまりに寂しい高校時代を送ってきたので「友達」に対する強い思いを抱いていたのだ。プロを目指していたのは嘘ではないが、それより目の前にいる友達の方が大事だった。

しかし、結果、傷ついた者同士が、共に夢に向かって励まし合うのではなく、傷を嘗め合う形となる。やがて、夢破れて古里に戻って行く。彼らはとても友達思いだった。が、「友達」という意味をはき違えたていた。結果、映画も作れず、夢破れて、友達も失った。

そんな経験があるので、僕はキャストやスタッフとも一線を引く。そして彼らは「友達」というより「仲間」だと考える。感動的な映画を一緒に作るための「仲間」。友達ありきで考えると、自主映画時代の悲劇を繰り返すからだ。

例えば、親しい俳優がいて「友達」だったとする。そいつは頑張り屋だが、なかなか出演依頼がない。それを「友達」なので応援、出演させる。でも、芝居がうまくない。そのために映画のクオリティが下がる。どんなに親しい「友達」でも、それをしてはいけない。

そんな訳で、僕は一線を引く。互いのことを深く知ると、どうしても甘えが出る。同情する。そして、相手に罪があっても許そうと思える。俳優は「監督は私のことを分かってくれているから、許してくれるはず」という甘えがでる。僕も「こいつのために何とかしてやりたい」と思う。本来それは「友情」と呼ばれるものだが、諸刃の件。映画作りではマイナス。だから距離を置く。

監督業で一番大事なのは何か? 「感動してもらえる素敵な映画を作ることか?」だ。「仕事に影響しても、友達を庇うこと」ではない。大切なのは「仲間」と素晴らしい作品を作ること。その「仲間」というのは手を抜いたり、作品を阻害することを許し合う存在ではなく、同じ夢や目的を持ち、助け合う存在。そんなふうに考えている。


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そこそこいい映画なのに、興行的に大惨敗した理由? [【再掲載】]

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「そこそこいい映画なのに、興行的に大惨敗した理由?」

後輩の監督。新作が映画が公開されたが、

散々な結果となった。東京の観客動員は1日数人。客が入ったのは主演女優が舞台挨拶をした初日だけ。それでも満員御礼にはならなかった。あとは閑古鳥。散々な結果で終わった。

そして、このプロデュサーもまた惨敗の理由を「あの子は意外に人気ないんだなあ〜」と言ったそうだ。以前にも書いたが、今の時代に主演俳優の人気だけで客は来ない。多くのプロデュサーはその辺が未だに分からないようだ。

では、映画が大コケした理由は何か?

 一番は中身と宣伝だ。これは表裏一体。よく「いい映画を作れば口コミで広がり、客は来る」という人がいるが、業界のシステムが分かっていない。今、映画館での上映は基本的に最低2週間。ヒットすれば続映されるが、駄目だとそこで終了。

どんなにいい映画でも、たった2週間で口コミは十分に広がらない。例え、その作品が素晴らしいものでも、口コミが伝わり、客が増える頃には上映は打ち切られている。ツイッターやFacebookで拡散しても、数日で大勢が映画館に押し寄せるということはまずない。

だからこそ、宣伝をすることが大事。

「面白い」「面白くない」と言う前に、その映画の存在が伝わらなければ駄目だ。例えば友人から「***という映画、感動したよ」と言われたとき、その映画を知っていれば「だったら、見ようかな?」と思うが、全く知らない映画だと、「へーそう?」で終わること、多くないだろうか?

つまり、「いい」「悪い」の前に、映画の存在を伝えないと口コミが広がらない。いくら感動的な映画でも、知名度のない映画を口コミで広げるのは、もの凄く時間がかかる。結果、見たい人が増えたときには上映終了なのだ。

後輩の映画。まず、そこがアウト。宣伝は全くといって行なわれていない。なのに、都内の一等地の映画館で公開された。それなりの映画館では高い動員数が要求される。が、そのプロデュサーはチラシとポスターを作っただけ。どうも主演女優が人気があるので、それでヒットすると思い込んでいたようだ。

主演女優は実際、注目されていて

完成披露試写会ではマスコミが押し掛け、スポーツ誌等ではかなり記事になった。後輩の監督も「これは行ける!」と思ったらしい。でも、結果は惨敗。その映画館は彼の作品は二度と上映しないと激怒しているとのこと。

宣伝不足というより、宣伝しなかったからだ。後輩の作品、決して駄目な作品ではなく、可能性を感じさせる部分もある。映画ファンが見れば「なるほど」と思うだろう。それなりに宣伝すれば、それなりの観客動員が見込めたはずだ。それができなかったのは、人気女優を起用すれば客は来るという古過ぎる発想。そして、マスコミが取り上げれば宣伝になるという勘違い。

それら記事を読めば分かるが、映画の良さを紹介したものではなく、人気上昇中の若手女優が主演したことを伝えるだけのもの。それを読んで「よし、見よう!」という人は多くはない。先にも書いたがファンであっても、映画に出たからと見に行こうとは思わない。本人見たさに初日の舞台挨拶時しか来なかったのである。

当然、口コミにも繋がらない。

映画宣伝の大切さを痛感する出来事だった。例え、素晴らしい映画を作っても、宣伝しなければ客は来ない。人気俳優が出てくるからと安心したら駄目。ポスターとチラシはどの映画でも作る。それ以外に何をするか? どんな宣伝をするか?が大事。

もちろん、後輩の映画は充分な宣伝費がなかったこともある。巨大企業が作った映画以外は皆、抱える問題だ。テレビでスポットを流すだけでも何千万円もかかる。でも、できることはある。お金をかけなくてもできること。

だから、僕は映画公開の1年前からFacebookとブログで映画の告知をする。ほぼ、毎日、記事を書く。だが、ほとんどの監督は公開前になって数回、ネットで告知をするだけ。そんなことで十分な訳がない!

後輩もまさに、そのパターン。

プロデューサーも問題あるが、彼にも責任がある。今の時代。映画は簡単にはヒットしない。まずは、映画の存在を伝えることだ。後輩の失敗を繰り返さないように、がんばる!

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映画、ドラマ、CMのスタッフは一緒に仕事できない? 似ているようで皆、価値観が全く違う! [【再掲載】]

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 後輩の映画監督から相談を受けた。撮影現場が非常に混乱してうまく行かなかったのだが、理由が分からないという。スタッフ同士が議論になったり、喧嘩したり、ギクシャク。まとまらずに、それぞれが勝手なことを始めたというのだ。そう聞くと普通ならこういうだろう。

「相性が悪いスタッフが多かったんだね?」

 或は「ギャラが安いのでイライラしてたんじゃないの?」とか言われそうだが、後輩はそういうことではないというのだ。で、いろいろと訊いてみた。

 まず、後輩が監督したのは低予算映画。それをドキュメンタリータッチで撮影しようとしたという。手持ちカメラを多様。多少のブレがあっても、台詞が聞き取れなくてもOK。それよりリアリティを重視。あえていえば、アメリカのテレビドラマ「24」をさらにエスカレートさせ、「これはドキュメンタリーじゃないの?!」と思えるほどのリアリティある映画をめざした。次にスタッフを訊くと

「カメラは***さん。照明は***さん、助監督は***君.....」

 と名前を上げてくれた。その段階で「ワトスン君。答えは簡単さ!」といいたかった。もちろん「AさんとBさんは犬猿の仲なんだよ。うまく行くはずがないさ」なんて真相ではない。映画作りの難しさがそこに現れていた。

 まず、カメラのAさん。この人はドラマでもドキュメンタリーでも出来る人。だが、照明のBさんはバリバリの映画人。そして助監督のCさん。この人はテレビドラマを専門。もう、これだけで答えは出た。

 作品の方向性はドラマだがドキュメンタリータッチ。だが、照明のBさんはバリバリの映画人。こだわった映像で重厚な物語を作って来た人。それに対して助監督のCさん。テレビの仕事が多いので、とにかく早く撮影する。クオリティは低くて、予定通りにクランクアップすることを重用視。

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 そして技術的にも問題が出る。例えば手持ちカメラがグラグラ揺れとする。通常の映画ではNGだが、ドキュメンタリーならOK。それをあえてドラマでやろうというのが意図なのに、映画の照明部も、テレビ専門の助監督も「それはおかしい!」と受け入れなかったのだ。

 照明部はドキュメンタリーではありえない、おしゃれなライティングをするし、演出部は「役者の顔にしっかり光を当てないと!」とテレビドラマの定義を持ち出す。どちらもドキュメンタリーでやったらおかしなことになる。つまり、監督の意図をスタッフのほとんどが理解せず。また、テレビ系、映画系のスタッフもそれぞれに価値観が違い、ぶつかったのだ。後輩が意図するドキュメンタリータッチのドラマを理解しているはカメラマンだけ。後輩、曰く....。

「作品意図の説明を聞き、皆、分かった!といってたんですよ」

 そして一般の人から見ても映画も、テレビも同じ。ドキュメンタリーもほぼ同じ。という認識だろう。が、これらは全く違う。似て非なる物。あえていうと宗教と同じ。知らない人が見れば宗教なんて皆、神がいて、その教えを信じるものだと思いがちだが、そのささやかな違いで海外では戦争まで起きている。映画やテレビもまた同じ。

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 例えば映画では「監督」が絶対的存在だが、テレビは「プロデュサー」、CMでは「スポンサー」ドキュメンタリーもまた「監督」だろう。つまり、映画のスタッフは「監督」のイメージを大切にしようと、がんばるが、テレビは「プロデュサー」だ。CMは「スポンサー」が第一。も以前、CMのスタッフとドキュメンタリー作品を作ったが、何かあると、こういう。

「だったら、まずスポンサーに報告して承認を得ないと!」

 いい加減うんざりした。スポンサーのために作っている訳ではないのだ。同じく後輩の映画でも、テレビ系スタッフは監督よりもプロデュサーにへつらい。監督をないがしろにしていたらしい。さらに、それぞれの方法論が違い、議論になり、言い争いになったそうだ。

 でも、それは最初から見えていること。後輩は事前に説明したというが、何十年も実践してきた方法論を、人は簡単に変えることはできない。もし、ドキュメンタリータッチを実践するなら、テレビや映画スタッフではなく、ドキュメンタリーのスタッフでドラマを作るべき。或は、その種の発想を理解するスタッフを選ぶべき。名前を聞くだけで、

「その人にドキュメンタリーは無理!」

 というスタッフにした段階で失敗は見えている。もちろん、別のメディアでも仲良く仕事をする人たちもいる。が、後輩が経験したような話はよく聞く。

 よくキャスティングが成功すれば、映画の70%は成功だと言われるが、スタッフも同じ。そこで間違った人を呼ぶと、テロリストを乗せて船出するのと同じになってしまう。価値観が違うというのは、本当に面倒なもので、宗教と同じ。どれが正しく、どれが間違ってないとはいえないが争いの種となる。

 あえて言えば映画の現場で「ドラマ」や「CM」の価値観を振り回すのはやめてほしい。それが分からない輩がいるから、現場で揉めるのだ...。ただ、一度染み付いた価値観から離れること。なかなか難しいのも現実。大人たちが古い価値観を振り回して、子供たちの未来を潰すのも同じ構図である。


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【目先のことに囚われてしまう人。考える力が大切な時代ではないか?】 [【再掲載】]

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【目先のことに囚われてしまう人。考える力が大切な時代ではないか?】

もう25年ほど前になる。アルバイトをしながら、シナリオライターを目指し、脚本を書いていた頃の話だ。映画業界で仕事をする先輩が訪ねて来た。僕より10歳ほど上。一世代先輩。面倒見のいい人で、いろいろと応援してくれていた。信頼できる先輩ではあるのだが、少しばかり問題がある。

僕の部屋を訪ねたときのこと。アルバイトしながらシナリオを書いているので貧しく暮らしているという話をすると、「太田。お前、そんなに貧しいんだったら考えないと駄目だ!」と怒り出したのである。

「ビデオデッキはある。6畳の風呂付きアパートに住んでる。こんな贅沢をして、何が貧しいだ!」

が、先輩の指摘は正しくない。彼の青春時代は風呂屋通いは当然、下宿アパートは4畳半だったので「贅沢だ!」というのだが、時代が違う。今、風呂なしの4畳半のアパートを探す方が大変。また、風呂屋の料金も高く、毎日風呂に入ると、風呂付きアパートに住むのと変わりない出費になる。

ビデオデッキにしても、先輩の時代は高級品であり、20万とかしたこともある。が、今は新品でも1万弱で手に入る。それに脚本家を目指している人間が貧しいからと、ビデオデッキを持っていないなんて許されるだろうか?ドラマや映画を録画して、勉強することが大事。先輩は「貧しければビデオを売れ!」というが、売っても何千円にもならない。それよりビデオを駆使して勉強する方が意味がある。

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また、先輩はこういう。

「そんなに貧しいなら、もっと狭い部屋に引っ越せばいいだろう?」

これも変。先にも書いたが、風呂なし4畳半のアパートを探すのは大変。実は友人が住んでいるので、実在することは知っているが、そこはかなり都心から離れているが、脚本の売り込み、先輩を訪ねる。映画を見に行く等で新宿や渋谷にはしょっちゅう行かねばならない。家賃が安いからと、遠方に住んでも、結局、電車代が馬鹿高くなり、都内周辺に住む方が安上がりということになる。

また、引っ越しをする資金が何万もかかる。敷金、礼金とか東京では家賃1ヶ月分の6倍が必要。「貧しい」という人間がそれを払うのはかなり厳しい。長い目で見れば、引っ越した方が生活は多少楽になるが、その引っ越しにかなりの額がかかることを先輩は考えずに「だったら、引っ越せ」というのだ。

つまり、先輩は自分が若かったときと当時の僕を比較して「贅沢だ」といい、「デッキを売れ」というが、大した金にはならず、勉強もできなくなり。風呂なし4畳半に住めというが、風呂代や交通費が余計にかかるので節約にはならず、引っ越しをするためには多額の費用がかかる。どれも、的外れなアドバイスなのだ。

「うるさい! 口答えするな!」

と言われたが、帰りに段ボールいっぱいの食料品を買ってくれた。ありがたい。とても、いい先輩なので感謝はしているが、先輩の考え方は間違っていることが多い。憎めない人なのだが、この種のタイプはあなたのそばにもいるのではないか?

決して先輩は頭が悪い訳ではない。が、ものごとを表面的にしか見ていない。年取った人がバイトしている大学生を見ると、「勉強しながら働いて偉いね」というが、学費を稼ぐのではなく、遊ぶ金ほしさにバイトしているだけ。でも、そのお年寄りが若い頃は苦学生が多かったので、それをダブらせて褒めてしまう。バイトする学生は決して偉くはない。が、時代が違うこと把握しないとそんな感想を持ってしまう。

先輩も同じなのだ。今の時代、

ビデオデッキ=贅沢品ではない。むしろ映画の仕事をしたい人間がデッキも持っていないのは努力していないという気がする。ちょっとがんばれば、誰でもデッキは買える。また、売っても大した額にはならない。アパートも4畳半風呂なしの方が安いのは事実だ。が、都心にその手のアパートはほとんどない。あっても、風呂屋通いをすると、安くはなくなる。3日に1度しか風呂に行かない若者。昔は許されたが、今ではバイト先で嫌がられる。

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「この中古車は安い!」

と思って買ったら、ガソリンをもの凄く食って、新車を買う方がむしろ経済的だったというようなもの。それで自分が損するのは構わない。が、その考え方を後輩に押し付けるので、その先輩はいい人なのに、皆に煙たがられる。要は洞察力や判断力に問題があるのだ。これまでも何度も書いたが、決してバカではないのに、考える力に乏しい大人がたくさんいる。

ものごとの一面だけを見て判断したり。時代や国の違いを無視して評価する。目先のことに囚われて結果として、利益を得られない。これは日本の学校教育の影響があると思える。つまり、与えられたことをやる。与えられた方法論でやる。自分で問題点を見抜き、対処を考えなくてもいい。与えられないことはやる必要がない。

そんな教育の中で成長してくると、

上から言われない問題には気づかず、生活してしまうのだ。映画の世界でも、俳優でも、芸人さんでも、成功するのは「芸」に秀でた人だけではない。業界のシステムを理解し、自身の能力を把握。それをどのようにアピールして、力を発揮して行くか? を考えている。言われることしかできない人はやがて捨てられる。問題があることを気づかずに、その枠内で仕事をしていると大変なことになる。

なぜ、大変なことになるのか? なぜ、うまくいかないのか? どうすれば実力を発揮することができるのか? それを考える力が必要とされる時代なのだ。昔通り言われたことをやっているだけでは、大変なことになってしまう。

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本格的な編集スタート。新しい時代の始まり&懐かしい時代の終焉。 [【再掲載】]

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(以下の文章は一昨年「向日葵の丘」の編集をスタートしたときに書いたもの。いろんな予感があった。それから1年半。実感する部分が多い)

 この「向日葵の丘」の編集を始めると、新しい時代が始まってしまいそうな気がした。時代が変る。

同時に、ひとつの時代の終わりでもある。

 これまで過ごしてきた時代が、長年付き合って来た環境や空気や時間の流れを含めたものが、終わってしまいそうな予感がしたのだ。それが怖かった。あのときと同じ悲しみに耐えねばならないのか?そう思えた。

もちろん、新しい時代は始まる。

 ドキドキ、ワクワク、これまでと違う物語がスタートする。でも、ここまで付き合ってきた今のストーリーが、そしてひとつの人生が終わる。新しい船には乗れない人たちもいる。そして、別れが訪れる。

何のことだか分からないと思うが、

 そんなことがこれまで二度あった。8ミリ映画を作っていた横浜時代の終わり。そしてロサンゼルス留学物語が始まった。それが1985年のこと。そして、そのロサンゼルス物語が終わり、東京物語がスタートした。1990年。両方ともに悲しい別れがあった。住み慣れた街を離れ、友とも別れ、新たな物語を始める。嬉しさと同じくらいに、淋しさが込み上げる。そして、過去には二度と戻れない。

今回「向日葵」のシナリオが完成したときから、

 それを予感した。撮影でも痛感。そして、編集をスタートさせてから余計にそれを実感し、作業が本格的になると、もう後戻りができない気がしていた。そして今日、かなり作業が進み、それをまた感じた。もう、後戻りはできない。前に進まないといけない。

映画のオープニングに仮のタイトルを入れてみた。

 そして仮の音楽を着けた。凄い!もう、そこには感動があり、新たな物語がスタートしていた。凄い作品になる予感。僕は自分の映画をやたらなことでは自慢しない。が、今回は本当にスゴイ。結末は知っているのに、どうなるんだ?と思ってしまう。まだ、オープニングだけなのに、涙の展開を感じる。

もう、心は決まった。

 扉を開けて新しい物語を始める。悲しい別れを振り切り前に進む。もう、後戻りはしない。「向日葵の丘」を目指して走り始める。

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「幸せとは何か?」を「向日葵」編集で見つけ出したい。 [【再掲載】]

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(一昨年夏、編集時のブログです)

日曜の午後。まるで真夏の太陽。

強い日差しが照りつける。休みの日ということもあり、近所の商店街も人がいっぱい。編集機が完治しないが、空腹で遅い昼飯にでかける。汗を拭きながら歩く若い人たち。お年寄り。親子連れ。手をつないで歩く恋人たち。多くの人がそれぞれの人生を背負って行き交う。そんな光景を片目で見つめながら歩いた。

僕の映画のテーマは「親子に伝える大切なこと」最初は「子供たちに伝える大切なこと」だったが、いろいろ考えて行くと、親がバカなので子供たちが苦労していることに気づく。それからは子供だけでなく「親子に伝える大切なこと」になった。それを突き詰めると、家族の幸せとは何か?に行き当たった。そうだ、親子に伝えるべきひとつは「家族の幸せ」ではないか?

そんな「家族の幸せ」を考えていて、気がついたのは、「だったら、人生って何だ?」ということ。それを見つめることで、また「幸せの形」が見えてくるのではないか?

1970年代から、親たちは子供をよりよい学校に行かせて、よりよい安定した企業に入れて、定年まで不安なく生活できることこそが「幸せ」だと思い。子供たちを受験戦争に送りこんだ。そして父親たちは家族に少しでもいい生活をさせようと、そして家を建て、車を買うために深夜遅くまで働いた。物を売ることで経済的に潤い。物を買うことで豊かになる。そう日本人は信じて生きてきた。

そして庶民が求めたもの。

「カー」「クーラー」「カラーテレビ」その全てを今、ほとんどの日本人は手に入れることができる。それで幸せか? それどころか今ではパソコン、携帯、DVDと、かつてSF世界でしか存在しない製品まで手にしている。それで幸せになれたか?


1980年代後半。女の子たちは、「3高」という結婚条件を求めた。「身長が高い」「学歴が高い」「収入が高い」しかし、今、そんなことを求める女性は多数派ではなく。3高を求めて結婚した女友達たちは今、旦那の不満ばかり口にする。一流企業に入った友人はバブル崩壊で会社が倒産。今は小さな会社で働いている。それが幸せを求めた結果なのか?

今、多くの日本人は希望を失い、

未来に不安をかかえ、その日その日を生きている。苦しみ、耐えて、悩み、足掻き、嫉妬し、生きて行く。そんな中で、小さな幸せを見つけて、希望に繋げる。友達の言葉に、仲間の行動に励まされ、自分が行くべき道を探している。親は「子供たちにために何をするべきか? 何を残すべきか?」を考え、子供たちは「どう生きるべきか? どこに向かって歩んで行くべきか?」に悩む。

311以降。時代の価値観は大きく変わり、

これまでの大事だったものが音を立てて崩壊して行く。とるに足らないと思っていた、昔はどこにでもあったものが今、本当に素晴らしいものだと気づき始めている。

しかし、滅亡寸前の恐竜のような人たちが、まだまだ蠢き、古い価値観にこだわり、目先の利益を求めて搾取するために、多くの人々を先導、現代のタイタニック号への乗船を呼びかけている。それに乗ることが「幸せ」に繋がると信じる人もまだまだ多い。本当に大切なことは何か? そして人生とは何か?人はただ、悲しむために生きていくものではないはず。その意味を、その価値を探したのが「向日葵の丘ー1983年夏」である。

日曜の午後。真夏のような太陽の下。

行き交う若者。年老いた人。親子連れ、それぞれがそれぞれの人生を背負い、苦しみ、悲しみ、憤りながら、ささやかな幸せを求めている。人はなぜ生きて行くのか? 別れ、裏切り、失望、悲しみの中にも、小さな希望と可能性を積んで人生は前に進んで行く。「向日葵の丘」の編集作業の中で、その答えを見つけ出したい。

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30年前の思い出ー夢を追うと失うもの。プロを目指すと心傷付くこと。 [【再掲載】]

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30年ほど前。

 僕は横浜に住んでいて自主映画活動をしていた。今はもう製造されていないが8ミリフィルムを使って映画作り。映画研究部のような乗りで撮影をし、自主上映会。音楽でいえばバンド活動のようなもの。プロデビューを目指して、仲間と映画を作っていた。

仲間は専門学校の学生であったり、大学生だったり。映画好きが集まり、スタッフやキャストとして参加してくれた。が、皆、素人なので、いろんなトラブルや事件が続出。それを解決しながら1ヶ月も撮影するのは、なかなか大変だった。

真夏の太陽の下での撮影は過酷。ギャラも出ない、飯や交通費は自前。おまけに僕は当時から「本気」モード。趣味の延長ではなかったので、かなり現場はハード。だから、映画ごっこと解釈「楽しそー」と参加すると大変な目に遭う。だから、核となるメンバーは「将来は映画監督になる!」という仲間で固めた。

だが、撮影が1ヶ月も続くと、

 パニックになる奴も出て来る。主要メンバーの1人で大学生のA君は遅刻が増えるようになる。現場で取り乱す。何かにつけ、反対意見を出し、撮影の足を引っ張る。いやいや作業をし、注意すると激怒。あるとき、彼の不注意で10本近い撮影済みフィルムをダメにしてしまった。

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 製作費は僕がバイトで稼いだわずかな額しかない。リテイクを含め、数万円が無駄になる。学生にとっては大きな打撃だ。そのために、撮影がすでに済んだ友人にも、もう一度来てもらい同じシーンの撮影をせねばならない。何日もの撮影が無駄になった...。

A君は非常に聡明な映画マニアで、

 自身でも将来は映画の仕事がしたいという強い思いがあった。が、映画を「観る」と「作る」では大違いということを痛感しており、心の中で葛藤があったようだ。ここで投げ出すことは、夢を諦めること。だから、辞められない。が、撮影は辛く、やること、なすことが撮影の邪魔ばかり。

そんなふうにA君のために撮影が何度も中断。スケジュールが遅れる。彼のミスのために、手伝いに来た友人たちが二度も三度も撮影に来なければならない。製作費も足りなくなった。なのにA君はどんどんやる気をなくし頻繁に遅刻。投げやりな態度を取るようになっていた。

そこで不思議な反応が起こる。

 皆はもう「Aは辞めた方がいい!」というと思っていたのに、多くがこういったのだ。「太田。冷たいぞ。Aにもっと優しくしてやれよ! 友達だろう?」「可哀想じゃないか? 遅刻しても待ってやろうよ」最初、その意味が分からなかった。

僕は趣味で映画をやっているつもりはない。プロを目指す仲間と共に真剣勝負で撮影をしていた。そのことは皆、理解しているはず。なのに一部の友人たちが「みんなで仲良くやろう」といいだしたのだ。「よりよい映画」を作るより「友達」を優先すべきというのだ。

もし、これがサークル活動とか8ミリ映画同好会なら、その通りだ。が、プロを目指すための活動である。何で??? それで分かって来た。多くの友人たちは「プロを目指す!」といいながら、実際は「みんなで楽しくやりたい!」というのが本音だったのだ。決局、A君は撮影を途中で投出し、来なくなる。

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映画は完成。皆、盛り上がった。

 メンバー「もう1本映画を作ろう!」といいだし、次はA君を庇ったB君が監督をした。が、またトラブルや事件が起きて撮影は難航。8ミリ映画といえども撮影は大変。今度はB君がパニックなり。撮影を投げ出してしまった。クランクアップを迎えることなく終了となる。

その後、誰も映画撮影をすることはなくなり、皆、夢を語ることはなくなり、1人故郷に帰り、2人帰り。仲間は誰もいなくなった。僕は新しい仲間と出会い、自主映画活動を続けた。2年ほどして、A君と再会する。僕の8ミリ上映会に来てくれたのだ。彼は恥ずかしそうに、こういった。

「あのときは太田が許せなかった。けど、時間が経ち、自分が甘かったことに気づいた。あのときの仲間は皆、プロを目指すといいながら、その意味を理解してなかったんだ。結局、映画ごっこで楽しくやりたいというレベル。だから、夢を諦めて故郷に帰っていった。でも、お前はまだがんばっている。本当に真剣だったんだな。本気でプロを目指してたんだな? そう思うとうれしくて、来れる義理じゃないけど来ちまったよ.......」


僕もうれしかった。

 というのも、あの頃は、やたら批判されていた。「太田は何様だ?」「たかが自主映画だろ?」「手伝ってもらっているという感謝がない!」とか陰で言われていた。が、僕がするべきは、素晴らしい映画を作り、認められて、みんなでプロの世界に殴り込むこと。そう思っていた。プロを目指すということが、共通の目標だと信じていたから。

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そうではなかったこと。後に知った。でも、A君と再会し、そのことを彼が分かってくれたこと。うれしかった。もし、あれが青春ドラマなら、みんなで仲良く最後までがんばることがハッピーエンドだろう。しかし「プロを目指す」といいながら、嘘ではないが、それが単なる憧れだった友人たちもいた。「絶対にプロになる!」という者と「できれば、プロになれるといいな〜」という者では、すれ違いが起こるのは当然なのだ。A君は語る。

「あの頃はお前を恨んだけど、今は分かる。お前は間違ってなかったんだよ。今ごろ、あいつらも気づいていると思うよ。そして太田を応援しているはずさ。そしてお前なら必ずプロになれるよ....」

A君はそういってくれた。

 が、その後、彼と連絡が取れなくなり。今はどーしているか分からない。けど、きっとどこかで僕の映画を観てくれていると思いたい。そしてスクリーンに向かって、1人でこう呟いているだろう。

「だからいっただろ? お前はプロになれるって。嫌われても、冷たいって批判されても、大事なのは素敵な映画を作ることなんだぜ...」

そんな声が聞こえてきそう。だから、僕は前に進みたい。あのときの仲間の思いを込めて、感動を届ける映画を作るために。

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昔「マネーの虎」を見て痛感したこと。商売も映画も「才能」ではない。 [【再掲載】]

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その番組は10年ほど前に放送されていた。吉田栄作が司会で、金持ち社長が5−6人(皆、うさん臭い!そこがまたいい)会議室に集まり、そこに応募してきた視聴者がプレゼン。その商売プランが気に入られれば、出資してもらえるという番組。

かなり過酷な番組で、虎と呼ばれる社長たちはプランを説明する若者たちに情け容赦ない質問をぶつける。質問どころか「お前は甘い」と説教する虎もいる。が、聞いていると虎たちのいうことは正論で、なるほどということが多い。プレゼンする若者たちがいかに安易で、真剣さが足りないか?痛感。そこが面白くて、深夜枠で放送していて頃から見ていた。

その頃僕は、監督デビュー作「ストロベリーフィールズ」の製作費を出してもらおうと、映画会社やビデオメーカーにプレゼンを続けていた。が、なかなか、うまく行かず、苦闘している時期だった。友人たちからは「絶対に不可能」「誰がお前みたいな無名の監督に金を出すの?」「あり得ない」「諦めた方がいい!」そう言われていた。

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なので、番組に応募した人たちの気持ちがよく分かり、自分が虎たちを相手にプレゼンしているような気持ちになり、毎回「やはり、世の中は甘くないよなー」と思えて暗い気持ちになった。そんなとき、ある回でプレゼントする若者にある虎がこう訊いた。

「成功しないでいる君と、成功した僕たちと何が違うんだと思う?」

嫌な質問だが、興味あるところだ。大金持ちになった社長たちと、いろんな挑戦が失敗して行き詰まり、金を借りることもできず、テレビ番組に応募。新事業の出資を願うその若者と何が違うというのだろう。「実力」「運」「才覚」そんなありふれた言葉が僕の脳裏を過る。若者は答える。

「......努力......ですかね? 僕はまだまだ努力が足りない。でも、社長さんたちは僕の何倍も、何十倍も努力してきた。そういうことじゃないですか?」

それも言える。世の中は努力が大事というのはよく言われる。だが、海千山千でのし上がって来た社長が、そんな当たり前のことをいうだろうか? では、何か? いろいろと考えたが、分からない。すると、その社長はニヤリと笑い、こういった。

「考え方だよ」

あーーーーーーーー、なるほど。そうかーーーー。その通りだと思う。というのは、似たような話を他でも聞いたことがあり、僕も漠然と近いことを考えたからだ。つまり、その若者の事業が成功しないのは「努力」が足りないからではなく、「考え方」が間違っているからと社長は指摘するのだ。いくら努力しても「考え方」が間違っていれば成功はしない。

その若者は間違った方法論を努力した。だから、儲からなかったのだ。これは僕が日頃から言っている「才能なんてない」というのと同じ発想だ。才能があるから映画監督になれる。とか、いい映画を作れる。とよく言われるが、そうではない。と思っていた。まさに同じだ。

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努力とか、才能とか、ではなく、考え方。それを間違えたら何事もうまく行かない。具体的にいうと、店をやるなら仕入れ、調理、人員、味、コスト、客層、時代の流れ、宣伝等を徹底して考えて、自分がやりたいコンセプトをどうすれば、その中で生かすことができるか? その方法論を考えることなのだ。一生懸命、努力して店で働くだけでは客は来ないし儲からない。そもそもの方法論=「考え方」が大事というの意味だ。

当時、僕も映画製作費を集めるのに、ありとあらゆる人に批判、否定され続けていた。が、「考えれば必ず答えがある」と考えていた。親が金持ちでなくても、自身が有名人でなくても、大企業に友達がいなくても、何か方法があるんじゃないか? そう考えていた時期なので、その虎がいったことは納得。同時に励まされた。

虎たちも同じ発想で成功したんだ。そう思うと元気が出た。実際、僕は1年後に目標の製作費を集め、映画監督デビューした。皆、「まぐれ」といったが、さらに2作の製作費を自身で集め、映画を作り続けてた。いえることは、「才能」とか「大手企業の力」とかがなくても、誰でも成功できるということ。夢を実現することはできるということなのだ。要は「考え方」次第。が、「マネーの虎」には後日談がある。

番組終了から10年。その後、虎たちの多くは破産。倒産を経験。行方不明の社長もいるようだ。最初の「考え方」は正解だったが、いつか「考え違い」を犯し大失敗をする日が来るということだ。人ごとではない。僕も今回で終わりということもあり得る。だから、毎回、遺作だと思ってかかる。


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映画監督残酷物語② 作品作りの前に抵抗勢力と戦わねばならない? [【再掲載】]

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映画監督というのは何年に1度しか仕事が出来ない

 上に、その期間でギャラを割ると単なる低所得者になってしまうことが多い。が、それでも、ノーギャラでも映画を監督したいという新人も多い。ベテランでももう20年以上監督していない人がいるし。監督デビュー作以来何も撮っていないという人もいる。

皆「そろそろ、1本撮らないと『監督』と呼ばれるのも辛いなあ...」と思ったり。映画監督になるだけでも大変なのだが、1年に1本監督とするというだけでも至難の技なのだ。だが、その1本を撮るときにも、更なる戦いが待っている。作品作りの戦いではない。それ以前の過酷な戦いが待っている。

 基本的に映画監督というのは、

 製作費の中では全てを決める権限がある。キャスティング、スタッフィング。シナリオ。音楽。セット。ロケ地。etc....なのに、今の映画界はそうはいかない。今回は主演俳優のことを書く。主演は監督が決まる以前に決まっていることが多い。だいたい、今旬の人気タレント。「シナリオ(或は原作)のイメージと違うだろう?」ということもあるが人気者に決まってしまう。会社側は「人気の***でないと客を呼べない」と判断するのだ。

 さらに、その人気タレントはテレビのバラエティ番組をはしごして、宣伝しまくってくれる。それが映画会社にとって大事なのだ。何億円もの宣伝費を使わずとも告知できる。その役にふさわしい演技力のある俳優よりも、人気があり、レギュラー番組を持つタレントが映画に起用されるのは、そういう背景がある。

 しかし、客がタレント人気で映画館に来ても、

 明らかに主人公のイメージと違うので違和感が漂う。原作を読んでいる人は「違うよなあ〜」と不満。こうして映画館に客は来るが、満足せずに帰るということになる。なのに、これを監督はどうすることもできない。「俳優の****の方が合っている!」といっても駄目。そんなことを主張すると、俳優ではなく監督自身が交代となる。

 それどころか、その人気タレントと同じ事務所の売れない俳優たち、おまけに付いて来て、それなりの役で使わなければならない。また客には「イメージ違うんだよなあ」と批判される。さらに、人気タレントサイドからは、台詞、衣裳、等についてもうるさく言ってくる。「うちは***のCMに出ているから***ジュースは飲めない」とか、「このシーンはスポンサーサイドに迷惑をかけるので変更してほしい」とか、

 さらには現場でモニターを見て「うちの***子。あごが二重に映っているから撮り直してくれ」というマネージャーまでいる。「だったら、撮影前に痩せろ!」と怒鳴りたくなるようなことがある。基本、俳優と違いタレントは「演技」を一番の仕事とは考えておらず。それなりの芝居しかしないことがある。

 多くの仕事のひとつ。そんな風にしか思わず。撮影中も明日のテレビ番組のことで頭がいっぱいとか。「夕方からテレビの収録があるから、それまでに撮影を終わってほしい」とか、無理な注文も出る。だったら、映画に専念できる俳優を主演にすればいいのに、会社側は人気タレントを起用したがる。監督はやる気のない俳優をなだめ空かして撮影、てなこともある。

 主演俳優だけでなく、  

 いろんなところから、****市でロケしろ、****さんのレストランを使え、*****社の製品を画面に出せと、主題歌は***レコードの***にしろと、いろんな指示や圧力、横やりが入る。それらを受け入れることで物語の世界観が壊れるとしても、ガンガン言ってくる。

監督はまず、それらと戦い。必要なものを採用。いらないものを封じ込めてから、監督業を始めなければならない。それをしないと単なるご用聞きとなり、とても映画と呼べるようなものは出来ない。

そんなふうに映画を作るより、それ以前の戦いからスタートするのが監督業である。そんな映画でも監督できるのは数年に1本。そこで会社に逆らえば次の依頼はなくなる。従うとロクなものができないのに「あいつは実力がない」と判断されやはり依頼されなくなる。そんな因果商売でもあるのだ。

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