真っ白に燃え尽きた日 [思い出物語]
1年前の今日。
品川プリンスシネマで「向日葵の丘」初日舞台挨拶
チケットはソールドアウト
6人の人気女優が勢揃い
常盤貴子さんの爆弾発言も飛び出し、盛り上がる?!
夕刊は「野火」と「向日葵」で見出し出た?!
そんな舞台挨拶も無事終了。
女優さんが6人も揃うとめっちゃ気を使う。ま、みんないい子なんだけど
楽しく帰ってもらいたいし、神経使うぜよ。
と言う訳で、真っ白に燃え尽きた私の写真
でも、戦いはここからだった。12月の年末まで
休みなしに、宣伝キャンペーンがスタートする。
これも監督業の仕事。
そんな日々を送ったこと思い出す。あれから1年か.....。
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シナリオ執筆は人生を見つめ直すこと? [思い出物語]
撮影現場の記憶というのは、何年経っても覚えているのだけど、シナリオ書きの期間の記憶というのは意外なほど思い出せないことが多い。何だか、楽々書いていたかな〜と思い気や悪戦苦闘の連続だったりする。
そこで本日のランチに「向日葵の丘」のときはどーだったか? ブログを見直す。「シナリオ」のカテゴリーを見ると、結構詳しく記録している。
夏に依頼があり、秋に公開の3作目の宣伝が終わり次第に執筆開始。だったのだが、その作品が映画館で大ヒット。ロングラン。次々に舞台挨拶や記念イベントが決まり、地方に何度も行ったりしてなかなかシナリオに書かれず。結局、書き始めたのは翌年の1月だ。開始から毎日、どのくらい進んだか?記録があった。
*A4サイズの原稿用紙で執筆ーその日何ページまで行ったか?
1月 9日 7p
16日 17p
24日 28p
25日 36p
26日 41P
27日 47p
28日 51P
30日 59P
2月4日 73P
12日 ラストまで
リライト(原稿をシェイプアップして)
18日 完成 68P
(B5の通常シナリオにすると136P)
執筆スタートから1ヶ月と9日。
スタートするまでに数ヶ月。
大幅に〆切から遅れて完成。
あー何だか、悪戦苦闘の連続〜。
でも、これがシナリオ執筆。何でもいいからページ数を稼げばいいというものではない。
心に突き刺さる台詞や設定をあらゆる角度から考えた上で
書かねばならない。
早ければいいというものではない。
今だから言えるが、シナリオができない内に、ヤング3人組のオーディションをしている。
ま、ストーリー自体はかなり前にできていたので。
しかし、改めて、シナリオ執筆の大変さを思い出す。
書くというより、魂との対峙。人生を正面から見つめる作業
映画の全てはここで決まるのだ。
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昨日は祝日だったが、
映画屋をやっていると盆暮れも関係なく土日祝日も、ほとんど休まない。何の祝日か?なんて考えもしない。そうしたらメールで「うちの娘も20歳になりました!」と連絡が来た。えーーー、この間まで小学生だったのに〜と驚いて、あ、今日は成人式か!と分かった。
確かにニュース番組では各地の成人式を伝えていた。相変わらず、式で暴れているヤツらもいるようだ。そんなに嫌なら行かなきゃいいのに〜と思う。卒業式ならまだ分かるが、何で自由参加の成人式で荒れるの?って感じだ。
僕が20歳になったのは、もう35年ほど前。えーーそんな昔か.....成人式は行かなかった。昔からひねくれ者で、儀式というのが嫌いだったからだ。結婚式とか特に嫌いで、好きで結婚すんだから、いちいち人を呼ぶなよ!とさえ思っていた。葬式も嫌い。とにかく、偽善的な式が嫌いだった。
そんな歪んだ性格をしていたので、
カタギにはなれず、映画の仕事に就くことになったーいや、そういうと、業界の人に失礼。言い直す、だから映画監督になった。変人でなければなれない職業でもある。そんなだから、20歳のときも成人式には行っていない。なんで20歳にもなって、役所が主催の式に行き、まじめな講演を聞かねばならない!と反感を持っていた。
ら、僕よりも不良な友人が「俺は式に出たで〜!」というので、こいつ堕落したな?(いや、本当は更生したというべき)と思ったら「式に出たら、タダ酒飲めるんや〜!」と言っていた。........らしい。と納得したが、その日に3カ所もはしごして成人式に出たらしい。その行く先々で飲み倒して、20歳になったとたんに悪酔いして、二日酔いだったという。
僕は彼ほど不良ではないので、
式自体に行かない。だから、出なくてもいい式に行き暴れるヤツの気持ちが分からない。それから35年。未だに僕は成長せず、自治体であろうが、巨大組織であろうが、会社であろうが、納得できないことがあると、素直に従わない。理不尽を許せない。それで仕事がなくなっても、妥協しない。
そんな性格なので、何度も何度も損をしてきた。トラブルメーカーとも言われたが、そのことは以前に書いた。理不尽なことを押し付けたのは会社であり、僕はそれはおかしい!と抗議しただけなのに、「太田がまたトラブルを起こしている」と皆に言われた。通常は理不尽でも我慢して、また次の仕事をもらうようだ。でも、それができないで、何度も仕事をなくした。
それができるくらいならサラリーマンになれている。成れないから映画監督業をしているのだ。だから「これを撮りたい!」と思うものを監督する。納得できない仕事ができるようなら映画監督なんてしない。いや、少し違う。ダメだと思う作品でも我慢して撮れば監督業も仕事が続く。僕は断るからたまにしか仕事ができない。でも、作品は評価される。だって真剣に「やりたい!」と思った作品だから。ま、20歳の頃からそうだったので、今更もう変わらないだろう。ちゃんと成人式に出る人はちゃんとした人生を送る。ま、そんなものだ。成人式と聞いてそんなこと思い出した。