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映画「向日葵の丘 1983年・夏」撮影現場ルポ・その31 ~映画撮影現場を知った方たちに~ [撮影ルポ]

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by 永田よしのり(映画文筆家)

 すでに雨の中、数時間の撮影が続いている。
 遅々として進まないシーン撮影。
 そんな中、新たな問題が浮上してくる。
 それは参加している市民俳優たちの帰宅時間が迫っている、ということ。すでに時間は夜10時15分過ぎ。

 終電に乗りたい人は、夜11時までには島田駅に送り届けなければならない。
 なので、スタッフは撮影進行と共に、終電に乗りたい人たちを募る作業も平行して進める。
 そんな現場の中では、映画撮影に初めて参加するであろう市民俳優の方々のあちこちから、不平不満の声も聞こえ始めている。

 仕方がないことではあるが、ゴールデン・ウィーク中のちょっとしたイベント感覚で参加した人もいるだろう。
 そこでこの夜のように雨の中、傘をさせずにただじっと並んでいる作業を繰り返すのは、楽しいことではないだろうとは思う。
 だが、無償で参加している市民俳優の方々には申し訳ないが、映画撮影はイベントやアトラクションではないのだ。

 たとえ雨であっても、その雨で撮影が出来なくなるほどの被害が出ない限り、撮影は続けられるのだ。
 それは単にスケジュールだけの問題ではない。
 映画を撮る、という思いがそこにはあるのだ。

 そして、それは「映画を観る人たちに感動を届けたい」「演技をする俳優たちの姿を観てもらいたい」「映画を作る者たちの思いを映像に写し取りたい」というような色々な思いが積み重なって、ひとつの集約した思いとなっている。

 たまたま、その日の数時間だけを映画撮影に参加した市民俳優のみなさんには、そこまでの製作側の意識を想像することは、多分難しい。
 むしろ、想像できないのが普通。

 だから、まず、映画撮影自体のことよりも、自分のことを優先して考えてしまうのだろう。
 それも仕方がないことではあろう。
 
 夜10時半を過ぎた頃には、終電に乗るために市民俳優の方々の半分以上はスタッフの手配したバスに乗って、現場を後にする姿も。

 台本にしてあと1ページちょっとの場面の撮影が、なかなか進められないでいる。

 現場の空気が悪くなりかけたのを察知してか、大人・エリカ役の藤田朋子さんが、まだ残ってくれている市民俳優の人たちに声をかけ、その場を和ますような冗談を言っているのを見かける。

 一般の市民俳優の方々には、普段テレビのバラエティなどでも見かけている藤田さんが声をかけてくれることが、非常に分かりやすい部分で、気持ちを盛り上げてくれているように見える。

 もちろん、そこも分かったうえで、藤田さんはそうした役回りを受け持ってくれていたのではないだろうか(これは僕の推測でしかないが)。

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 終電に乗らない覚悟を決めた市民俳優のみなさんと、かもめ座での最後のシーン撮影が、夜11時過ぎに始められる。

 大人・多香子たちの高校生時代の同級生たちも、かもめ座でのイベントを知り、駆けつけて来た、という場面。

 大人・多香子と、30年ぶりに会う、かつての友人たちとの邂逅に、監督は一人一人違った芝居を要求。

 この場面は何度かのテストを行った後に、一発でOKとなった。
 この日予定されていた撮影が、すべて終了したのは、夜中の0時少し前。
 監督の「OK!」の声に大きな拍手が沸きあがる。

  その顔のどれもが笑顔ではあるが、さすがに降り続ける雨の中、深夜に及ぶ撮影で、市民俳優のみなさんの顔にも疲れの色が浮かんでいるのも確か。
 しかしながら、最後まで参加した方々の一部からはこんな声を聞く事が出来た。

「貴重な経験が出来ました」

 その言葉は、それまで映画撮影現場を知らなかったゆえに出てきた言葉だろう。
 イベント感覚で撮影に参加した人たち(あくまで自分たちが主体)から、一緒に映画製作というものに参加した人たち(映画撮影が主体)へと、心境が変化したゆえの言葉だったのではないだろうか。
 つまり、最初はお客様感覚だった者が、撮影スタッフとなった瞬間でもある。

 長い時間を一緒に、苦労した時間を共有したゆえに、市民俳優の方たちにも、そうした意識が芽生えたのだろう。
 そして、そうした意識が生まれることによって、参加した映画撮影の現場には、より一層の愛着と応援意識が生まれるはずなのだ。

 映画は監督だけでは作れない。
 出演俳優だけでは作れない。
 現場で奔走するスタッフだけでは作れない。

 映画に携わった関係者たち全てと、製作過程の細かいことを知らない、その日だけ参加する市民俳優たちもいて、全てのものがひとつになって映画は1本の映画として存在できるようになる。
 それをこの日、雨の中で傘もささずに何時間も並んで撮影に参加した人たちは共有したのだ。
 長いこと掲載し続けてきたこのルポで、多分そんなことを僕は伝えたかったのかもしれない。
 
 かもめ座での現場撤収作業を終えたのは、夜中1時少し前。
 チャーターされたバスに乗って解散していく市民俳優の皆さん。
 それを見送りながら、手を振る監督や出演者、スタッフ。
 バスの窓から手を振る市民俳優の方々。 
 この撮影に参加してくれて、苦労を共にした市民俳優のみなさんに報いるには、この映画がたくさんの人の目に触れること。
 それを強く感じた夜となった。
 
 スタッフ宿舎に戻ったのは結局深夜2時頃。
 すぐに就寝せずに、翌日の撮影手配に余念がないスタッフ。
 この時間になる頃には、ようやく雨も上がり、夜空に星も見え始めてくる。
 雨で冷えきった身体は疲れているはずなのに、妙に頭は冴えている。先ほどまでの撮影の熱気がまだ身体に残っているのかもしれない。

 いよいよ翌日の撮影が、本編の最終撮影日となる。

 撮影初日の段階では、この日が来ることは予想していたとはいえ、全く現実的には思えていなかった。だが、あと1日を残すのみとなると、この3週間あまりがなんと早かったことか。
 このルポを読んでくださった方々には、撮影現場の様子が少しでも届いただろうか・・・。

 もしも何か、このルポを読み続けて、映画撮影の現場に参加したい、と思う人がいるとしたら、それは僕の書いてきたルポもなにかしらの役に立ったことになるのだろうか。
 
 翌日、撮影最終日の午前中は俳優の芝居はなく、実景撮影から始まる予定となっている。なんとか快晴の中から撮影を始めたいもの。
 そんな最終撮影日の感動と興奮の様子は、「向日葵の丘 1983年・夏」劇場用パンフレット中に掲載される。

 そちらをお読みいただくことによって、このルポは完結を迎えることになる。ぜひお読みいただけると嬉しい。
 
 そしてこのルポも次回がついに最終回。

 次回は本編撮影最終日の様子ではなく、特別編として、撮影が終わってから2カ月後の夏に最盛期を迎えた向日葵畑の様子を撮影した時のことをエピローグ版として掲載します。


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