映画「向日葵の丘 1983年・夏」撮影現場ルポ その22 [撮影ルポ]
映画「向日葵の丘 1983年・夏」撮影現場ルポ その22
~緊張感もいつしかほぐれていく現場~
by 永田よしのり(映画文筆家)
映画館・かもめ座での撮影は、午後になってからは、かもめ座の梶原支配人、高校生・多香子、みどりの3人が中心となる撮影が続いていく。
梶原支配人を演じる津川雅彦の出演シーンのテストが、立ち位置や動きなどを含めて何回か繰り返されていく。その姿を見ていると、台詞を言う間といい、抑揚といい、テストからでも存在感がひしひしと伝わってきて、つい見入ってしまう。この重鎮俳優に若い俳優2人がどう立ち向かっていくのか、が気になるところ。
まずは1階の階段前で、梶原支配人が上映作品のポスターを貼る場面。壁にポスターを貼りながらの3人の芝居。監督は3人の立ち位置を含め、動きを検討していく。
そこでまず驚かされたのは、梶原支配人の演技。テストの時とは明らかに1段階、2段階上の芝居で攻めてくる。テストの時にはなかったさらに効果的な動き、表情、台詞を言う間、それらが間違いなく本番ではテストの時とは違うのだ。
その芝居に引っ張られるように、若い2人の俳優も芝居の質を上げていく(こちらもテストの時より明らかに高陽感が感じられるのだ)。
大ベテランの俳優が、撮影現場で若い俳優たちを育てて行く、というのはこういうことなのかもしれない、と感じる場面だ。
続けて、2階のロビーへと上がって行きながらの芝居。
台詞を収録するための録音部は、階段の上部から集音マイクを伸ばして対応。キャメラに写らない位置を確かめ、そこからマイクを伸ばすために態勢はかなり苦しそうだ。集音マイク(先にマイクを付けたスタンドの長さは2メートルから3メートルはあるだろうか。重さも1~2キロはある)を持つ腕の筋肉が収縮しているのが分かる。こちらも技術と体力が必要とされる仕事だ。
階段を上がり、ロビーに入ると、隅には太田映画にはよく登場する「いちご地蔵」がちょこん、と置かれている。太田映画ファンならばどの場面にそのいちご地蔵の姿が写るか、も楽しみなところかもしれない。
かもめ座ロビーでの撮影が続く、夕方4時半頃。かもめ座での出演シーンのない大人・多香子役の常盤貴子が、差し入れを携えて撮影現場にやって来た。
大先輩の津川雅彦の出番初日ということで、自分の撮影シーンではないが挨拶にやって来たのだと言う。
シーン変わりのセッテイング中にひと時の休憩。主演女優が現場にやって来るだけで、現場の空気感が変化していくのが分かる。それは緊張感と共に、常盤貴子という女性の持つ柔らかさとでも言うのか、現場に和みももたらしてくれる。色々なものを含めて、常盤貴子という存在感がその場所を支配してしまう。これが主演女優の持つ力なのだろうか。
夕方からは市民俳優たち15~6人を入れて、高校生・多香子たちの映画撮影の1シーンをかもめ座ロビーで撮影。ここでは梶原支配人がカウボーイハットを被り、劇中で使用される手配書を壁に貼るという場面。そこで壁に手配書をうまく貼れずに高校生・多香子に叱責されるという、コメディチックな演出がされる。
監督からは手配書が落ちる度に、心配そうに声を出していくように市民俳優たちに説明。芝居の流れなど手順を確認してからテストが繰り返される。
しかしながら手配書がうまく貼れずに落ちるタイミングがなかなかに難しい。最初は手配書が1回落ちてしまった時にすぐ、芳根京子演じる高校生・多香子が津川雅彦演じる梶原支配人に「なんでできないんですか!」と詰め寄っていた。そこで梶原支配人はそれを受けて「1回でそんなに怒らなくてもいいんじゃないかなあ」と指摘。
確かにそれはそうかも、と監督も納得。手配書が3回落ちたら高校生・多香子が梶原支配人を叱責する、という段取りが決定される。
それでも壁から手配書が落ちる、というタイミングがなかなか難しく、途中にはアドリブだろう高校生・多香子が「ちゃんと手配書に糊を付けて貼ってよ」と指摘。それを受けて梶原支配人が「はい、分かりました」と、まるで孫に責められる祖父のようなやりとりまで行われた。
2人のやりとりがとても自然に見えてしまうため、ここで参加している市民俳優たちにも自然と笑みがこぼれている。
最初は緊張感が支配していた現場も、そうしてどんどん自然な表情が増えていくように思えるのだ(つづく)。
2015-06-12 10:21
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